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流産した時のこととその後

私は16年の8月に稽留流産をしている。
人工受精3回目で妊娠に至り、産院に移っていた頃だ。東京HARTを卒業し、産院へ紹介状を持って行き、初回の妊婦検診を受けるはずだった。
妊娠9週時点までつわりがほとんどなかったのだが、胸のはりや匂いに敏感になるなどの症状は出ていた。それが診察の数日前からなくなり、妊娠前のような体調に戻っていた。
なので、診察前からもしや、と思ってはいたのだが、内診で心拍が見えないと言われた時はひどく動揺した。

妊娠が分かってからも、流産よくあることだし、安定期までは過度に期待しすぎるのはやめようと思っていた。安定期までの流産は母体が要因ではないし、万一のことがあっても落ち込む必要はないと時分に言い聞かせてきた。
しかし、いざその不安が現実になると、自分でも思いもよらないほど落ち込んだ。
会社には普段通り行ったし、仕事が気を紛らせてくれた面もあるが、家で一人でいる時などに涙が出ることがあった。それまでそんなことは思ったこともないが、子供連れや妊婦さんを見て、勝手に落ち込んだりもした。
気分の浮き沈みも激しく、みかねた夫が(普段は引きこもりなのに)小旅行に連れ出してくれたりもした。
治療を再開しても、何故かもう妊娠できないような気がして、ひとりで物凄く追い詰められた気持ちになっていた。治療を始めた当初とは全く違う精神状態だった。

子供は欲しいけど、出来なかったら二人の人生を楽しもうと思っていたのに、全くそんな風に考えられなくなっていた。妊娠できない自分は生物として欠陥があるように思い込んで、勝手に落ち込んだ。

結局そういう気持ちから抜け出すのに半年近くかかった。時間をもて余さないように資格試験の勉強を始めたり、子供がいない場合のライフプランを考えたりしたことでかなり精神的に改善した。
不妊治療を初めてから、定期的に通ったり、身体を動かしたりする習い事も止めているので、もし授からなかったらそういう趣味をたくさん持とうと、やりたいことを妄想したりしたのもよかった。
今は体外受精に向けて期間を決めて走り始めたので、かなり清々しい気持ちだ。

流産自体はよくあることと言われるし、自分の身に降りかかるまではそういうものだとしか思っていなかった。
でも、本人の苦しみや辛さはよくあることで片付けられるものではないのだ。流産にかかわらず世の不運は全てそうなのだが、私はまだまだ想像力が足りなかったな、と思う。

まだ私も結果を残せているわけではないので、また流産に至ってしまうことがあるかもしれないけれど、それで人生の価値が損なわれる訳ではない。そのことはちゃんと書いておこう。